銀盤にて逢いましょう
   
“コーカサス・レースが始まった?”

     *これまでの一連の作品とは別枠のお話です。
      転生ものです、CPも微妙ですが異なります。
      勿論のこと、完全フィクションですので
      実在する人物・団体などなどには一切関係ありません。
 



生まれた折、その日本人とは思えないほどの色素の薄い風貌から、
この子はきっと身体が弱かろうから長生き出来まいと身内中から同情され、
ならばやりたいことを総て堪能させてやろうじゃないかと、
それは豪気な大御所、まだまだ矍鑠としてなさった曾祖父様が
そうと心に決めたそのまま一族中へ宣したものだから

  今生では女子となって生を受けた敦は、
  かつての“中島敦”とは何から何まで真逆な扱いを受けた

本家筋ではないが割と裕福な一家の総領娘。
しかも、本家からのお墨付きという支援を授かったため、
習い事や何やへの人脈斡旋や資金への援助が惜しみなく降りそそぎ。
当人の勘の良さや運動神経の優秀さもあってのこと、
水泳やサッカー、少年野球は言うに及ばず、
バレエに乗馬、スキーにソフトテニスと、
舞台としては東北に限った話だが、
ジュニアスポーツ界を引っ掻き回した天才少女と謳われたのが小中学生時代。
そんな台風の目が、高校に上がったら何を選ぶのかと、
周囲がわくわくと注目した中。
何の気なしに視野に収まったテレビ画面にて
銀盤上でそれは華麗に舞っていた一人の青年の姿に見惚れ、

 『…この人に逢いたい。』

何とも切なげな、溜息のような呟きへ、
居合わせたブレインの皆様(特に女性陣)は一瞬色めき立ったが、
後で訊いたら恋愛模様な想いからではなかったらしく。
ただ会いに行くというのじゃあなくて、
同じ土俵というものか、実力で認められたいというよなニュアンスで、
そうと呟いたお嬢様だったらしいと判明したものだから。

 『よし。じゃあスケーティングを一から叩き込もうじゃないか。』

バレエをたしなんでいたから表現力には縁もあろう、
北国育ちだからスケート自体にも馴染みはある、
様々なスポーツにて叩き上げられた体幹は半端じゃあない等々と。
決して付け焼刃なそれじゃあない仕上がりになろうとの ちゃんとした目論見から立ち上がった
“敦ちゃん育成計画 第ン弾”から半年少々。
文字通りのあっという間…というか、
一体どこにこんな逸材が隠れていたのかという扱われようで、
高校生としてお初の登録と相成ったフィギュアスケート界で
彗星のように現れた天使などと呼ばれつつ 台風の目扱いをされるまでとなった。 ← 今ここ。



     ◇◇


まだ十代という年齢、顔立ちも中性的ながら可憐で清楚なうえ、
白に近い銀髪や色白な肌、淡い双眸という淡い色彩で構成されている風貌から、
スズラン姫と呼ばれている中島敦ちゃんだが、
実は、ごくごく限られた一部の人々からは別な呼び方をされてもいて。

 「あの、どういういきさつからそんなニックネームが?」
 「さあ、覚えていませんねぇ。」

同じくらいの世代、同じくらいに今季から注目され出したということで、
何かと一緒に扱われることが多く、
エキシビジョンで即席のペアを組むこともあったりすることから、
仲がいいらしいとされている、男子学生選手の芥川龍之介君を支えるスタッフの方々から、
どういう訳だか “人虎”と呼ばれている彼女らしいと、間近いファンから伝わっており。
とある筋から呼称だけを紐解けば妖怪異妖のことでもあるので、
あんな可憐な子へそれはないんじゃないか、
蔑称か?なんてざわつきかかったこともあるけれど。
ご本人や、彼女を猫っ可愛がりしているイケメン チーフマネが
あっはっはっはっなんて本当に愉快そうに笑い飛ばすものだから、
内緒ごとの秘密、それも特別というくくりにある人々にとっての共通認識あっての愛称
であるらしいと何とはなく感じられ。
何より、そうと呼ばれた敦嬢本人が、
ヤダもうと膨れつつも…何かを懐かしむというか噛みしめるよな
そういう甘えを滲ませるよなお顔になるのがその証拠。
誰よりもそれを連呼するお相手には特に、
遠慮のない喧嘩腰な物言いを向けつつも、
お互いが隣にいることが何よりも嬉しいというお顔を隠しもしないため、
近頃では彼以外がそうと呼ぶのを控えられつつあるらしいほどだとか…。




気が付けばあたり一帯が真っ赤だった。
いや、一面がというより、物のない空間にまだらに飛び散り 塗すくられた赤。
輪郭があいまいなような、でも時折ピントが合って鮮明になるような、
走りながら何かを不慣れなカメラで撮影しているような光景の中にいる。
そんな不思議な感覚の中で、ずっと呆然としている自分だと気が付いて。
辺りが赤いのか、それとも目の前にいる誰かが朱に染まっているものか。
夕映えの赤なのか、それとも鮮血にしとどに濡れていて赤いのか。
そんな物騒な連想が立ったのは、
かつての自分が生死の境を渡るような危ない奇禍に頻繁に巻き込まれていたからで。
そういった修羅場でいつも共に居たのは誰?
目配せさえしないまま、なのに呼吸もよく合ってのこと、
時には相手を盾にし、踏み台にし、悪態をつき合いながらも、
残虐非道な敵対者を畳むこと、当然のように共にこなしていた相棒がいたはずで…。



 「……っ。」

わっと もがくように目を覚ました。
溺れそうになった人が慌てて水面まで浮かび上がろうと足掻くような無様さだったが、
そのくらいおっかなかったのだろう、息も荒くて顔は強張り、
何の変哲もない布団の海から起き上がっただけだとは思えぬほど真剣本気で焦りまくっていて。
鼓動が激しく、呼吸も荒い。
グルグルと周囲を見回し、今どこにいるのかを確認し、
やっとのことで安堵の吐息が洩れたほど。

 「…いつぶりだろう。」

こんな悪夢、そうは観ない。
どこが悪夢だったかの説明もつかないが、何でだか不吉な空気感があった。
前世というもの思い出したので、
ああいう場面を覚えていることもままあろうと、妙なもんだが納得はしていて。
でも、ああまで曖昧だった、ある意味 他愛のない情景に何でこうも焦るのか。
怖いと感じ、そこから逃げ出したい一心で 実際に跳ね起きまでする抵抗をしてしまうのか。
朱に染まっていたのが知り合いだったのか?
でも、誰なのかも判らないままだ。
初めて見た夢じゃないなとも思いだしたが、
意識が晴れるにつれ、夢の内容や輪郭はどんどんと遠のいて跡形もなく。
枕元に置いていたミネラルウォータを手に取ったが、
はあという吐息を再び零すと結局 口にはせず、そのまま寝台から起き上がる。

 「…。」

とりあえず顔を洗おうとざっくりした編み目のロングカーディガンを羽織って部屋を出る。
髪質の関係か手櫛で整えるまでもなく、さして乱れちゃあいないのも毎度のこと。
なので、タオルと歯磨きセットだけを手に、
食堂や洗面所のある共有フロアまで出ると先客がいて。
結構幅のある廊下の端、壁がそのまま大窓なところからの淡い光が差す中、
小さな肢体の輪郭を光らせて立ってたその人が、こちらへ気づいて朗らかに笑う。

「おう、敦か、おはよう」

トレーニングウェアのお古を寝間着にしているものか、
ジャージを着、大きなシュシュみたいなヘアバンドでくせの強い髪を押さえ、
顔を洗っていたらしい中也がタオル片手にこちらへ笑ってみせた。
その笑顔が、だが ふと曇り、案じるような声で

 「どうした? 顔色が悪い。」

眠れなかったか?と訊かれ、
かぶりを振って見せつつも、

 「たっぷり寝たんですけど、寝覚めに変な夢見たせいだと思います。」

ふにゃぁと項垂れたまま、同じくらいの背丈のお姉さまの肩口におでこを乗っける。
もともと甘えたれなお嬢さん。この姉様には特に甘えるようになった。
記憶が戻って、前は男だったらしいというところが同じ境遇だと知れたからというのもあったが、
それ以上に、この小さな女傑の 懐深く面倒見のいいところが
敦の甘えた属性を反応させたようで。
中也も素直でかわいい子に懐かれるのは悪い気はしないか、
薄い肩やさらさらした銀の髪を撫でてやる。

 “…ああそういや。”

彼女のスタッフたちは中島家付きレベルの古参が多く、
そんな顔ぶれから聞いてはいた。
この子は小さい頃から時々“怖い夢”に跳ね起きては
朝っぱらから わんわんと泣いてたことがあったらしく。
知らないおじさんから恫喝され叩かれる夢とか、
沢山の人たちから追われる夢など結構物騒なそればかり。
時期的に、幼稚園で悪戯っ子から髪を引っ張られた頃合いでもあり、
そ奴らからトラウマを植え付けられたのじゃあないかと、
本家のおじじ様がそりゃあ御立腹したという
微笑ましい…当事者の一部には洒落にならんかったらしい波及まで招いたものの、
しばらくすると、慣れたのかどうなのか泣きまではしなくなった。

 『あのね? 何か えーがみたいなの。』

後になって本人曰く、同じような夢はそうは続かず、どんどんと内容が変化したらしく。
誰が主演か、ひと続きのドラマを見ているような感じだと言っていた。
学校へ上がる年頃にはもう 夢は夢だと割り切れていたようだし、
甘えたれだが、同時に好奇心旺盛で
体を動かすの好きという元気な子だったので
腫れもの扱いにして内に籠らせない方が良かろうと。
心理解析だ何だと追求しないで、他所へ意識を向けさせるよう持ってゆき、
習いごとでもスポーツでも、やりたいとねだられれば何でもさせた。
手を尽くして理解ある家庭教師やスタッフを揃え、
ピアノや英会話は、ちょっと振るわなかったが (笑)
スポーツの方では何をさせてもぐんぐんと吸収し、
そういう経緯を経て今の彼女があるのだそうで。
なので、いろいろと落ち着いた今、
かつて彼女を悩ませた“悪夢”とやらが ちらほら甦ってしまったのかも知れぬ。
後で太宰から聞いた話だが、
幼かった敦嬢を泣かせた夢というのは、
曾ての虎の少年の壮絶な幼少期そのままの内容だそうで。

 “アタシらと再会したことが刺激んなってんのかもな。”

同じような記憶持ち同士の間では 曾てのという言い方をするものの、
中也辺りは 人格としては別物だと思っていて。
だって、生まれてこの方のずっと、ごくごく普通の女性としての人生を歩んできたのだ。
ちょっと格闘寄りで落ち着きがない辺りは“普通”とは言い難いかも知れないが、
それでも、夜陰の垂れこめる港町の闇を支配する組織の幹部だったとか、
機関銃で固め打ちされてもパチンと指先を弾くだけで、
弾幕は弾かれ、撃った相手へ襲い掛かっただのとか、
自分のこの身でやらかしてはないだけに、
なかなか “自分の記憶”としての把握とまではいかないまま。
こういう感覚はそれこそ人それぞれで、
過去、若しくは前世とやらの記憶が鮮烈で忘れ難かったクチは、
だが、なれば当時のままの態度でいるのかと云やそれもまた異なり。

 「やあ お二人さん、おはよう。」

合宿所としている別荘のロビー側からやって来た男衆二人。
早く起きて周縁をランニングでもして来たのだろう彼らだが、
朗らかな挨拶を放ってきたのっぽの傍ら、
黒髪の片やは何も言わぬまま足早に近づいて来て、
ややしょげている敦嬢の肩へ手を置いた。
気配に相手が誰かも判ったらしい敦もまた、
素直に顔を上げると、ゆるゆるとかぶりを振り、
何でもないよと心配しないでと言わんばかりに健気に笑ってみせる。
知る限りでは一番早く、一番年若のうちに前世のあれやこれやを思い出した芥川は、
その当時を取り返したいかのように、相棒だった虎の少年を探すことに躍起になっており。

 「??」

その敦嬢の傍らに数年ほどいたにもかかわらず、
さして思い出せずにいたらしい、包帯まみれなところまで前と同じの遊撃策士は、
皆して愛でている姫を 大事そうにエスコートする元部下くんに取られて空いた中也嬢の肩口へ
代わりのように顎先乗っけて来て、

 「う〜ん、やっぱり身長差が微妙なんだよね。」

と勝手なことを言い出す始末で。

 「うっさいな。」
 「あだっ。」

人がしんみり考えごとしてたってのに何を暢気なと、
頭を振り払い、ごんと顎をヘッドバットしてやった辺り、

 「もうもう、そういうとこ全然変わってないよね、キミ。」
 「ありがとよ。」

片や、丹精された中庭が見渡せる窓辺のソファーで並んで腰かけ、
不安があったら何でも話すといいと、
まるで騎士のような誠実さを見せている元禍狗さんも 変われば変わったもの。
ちょこっと不思議でややこしい人たちのお話、
少しほどお付き合い願います。




      to be continued.(18.12.14.〜)


NEXT


 *結構好評なようなので、
  何やらちょっと固まったお話を書いてみようと構えております。
  フィギュア全然関係ない話になるかもです。(おいおい)
  こういう、前世でドカバキやってた人たちが
  現世で女子高生に転生して…というお話は他のお部屋でも書いてたんで、
  そっちの影響が出なきゃあいいんだけれど。…出るな、多分。
  (ちゃんと恋人設定あるにもかかわらず、ラブロマンスの%がずんと低い活劇ものです・笑)